なぜシボレー ボルトEVは燃えたのか
どうも、転職時は前職の経験を生かせると聞いていたのに雑務しかやらせてもらえないru_acです。関東圏でいい転職先をご存じの方は教えて下さい。
今回はシボレー Bolt EVが市場で燃えた(車両火災に発展した)のかについて、考えていきたいと思います。
もちろん、燃えた直接の原因はニュースにあるようにLG製リチウムイオンバッテリーの製造不良なのですが、自動車メーカーに対策の余地はなかったのかについて書いていきたいと思います。
結論
本件は直接要因と間接要因に分けられると考えられ、以下の要因で車両が全焼するケースが多発したと考えられます。
1. リチウムイオンバッテリー製造不良による内部短絡(直接要因)
2. 電池パックカバーへの樹脂採用(間接要因)
3. 無意味な暫定対策(ソフトアップデート)による対策遅れ(間接要因)
考察
1.内部短絡について
直接の発火原因についてはニュースでも広く取り上げられておりますが、LG製リチウムイオン電池の製造不良による内部短絡が原因です。この詳細については様々な記事がネット上でありますので割愛致します。
そもそもこれが無ければ燃えなかったのですが、100%製造不良を防ぐ事は現実的に難しいと考える方が自然です。おそらく、開発時のFMEAにも内部短絡のリスクは記載されていた思います。この記事ではなぜそれでも防げなかったのかを考えたいと思います。
参考
韓国LG化学・LG電子、GMボルトのリコールで12億ドル負担 | Reuters
【おすすめの参考文献】
2.電池パックカバーへの樹脂採用について
1つ目の間接要因は電池パックへの樹脂カバーの採用です。
参考
電気自動車におけるマルチマテリアル化の動向と難燃性 (pinfa.eu)
樹脂カバーを採用している国内外のEVは他社でも存在しますが、潜在的にはこのリスクを孕んでいると考えられます。
金属ケースとざっくり比較をすると
EMC: 不利
耐火: 不利
強度: 不利
防錆: 有利
結露: 有利
重量: 有利
コスト: 有利(な事が多い)
となり、樹脂カバーもそれなりに有利な点も多く優秀だと考えやすいですが、EMCと耐火が曲者です。ここでは耐火性についてのみ記載します。
この耐火性とは「外部からの耐火性」と「内部からの耐火性」の両方を意味し、当然ですが樹脂ケースではどちらも金属ケースに比べて不利です。
「外部からの耐火性」については、「電動パワートレーンの特定要件に係る車両の認可に関する統一規定」(UNECE R100 Part2)において、型式毎にこの試験が義務付けられており、シボレー Bolt EVも当然これをクリアしているはずです。今回は直接関係ないですが、軽く説明します。
試験自体の詳細は割愛いたしますが、試験対象の電池パックを下からガソリンで火炙りにするという中々ハードな試験です。
参考
ここで、
「外部から炎で炙られても燃えないのならそれなりに頑丈なのでは?」
という意見もあるかと思います。
実はUN R100には色々な「裏技」があり(そんな大層なものではないですが)、耐火試験にも存在します。
原則として、このUNECE R100は電池パック単体での試験が求められますが、「電池を固定する治具として」自動車のホワイトボデーを使用する事ができます。そして、樹脂ケースではこの「治具」が重要になります。というのも、樹脂ケースを覆う形で使用出来るこの「治具」は樹脂ケースを直接の火炎暴露から防ぐ事ができます。
よく、日本語を化学を知らない方からは
「そんなことしなくても、難燃性樹脂を使えばいいじゃないか」
と言われたりするのですが「難燃性樹脂」は読んで字のごとく、しょせん「難燃」ですので、直接火炎に当てれば燃えるものもありますし、燃えなくても樹脂は融点で金属と比較して圧倒的に不利なため、簡単に溶けてしまいます。一度穴が開いてどこかの部品に火が着いてしまえば非難燃性の樹脂部品(パック内部の制御基板や低電圧系の配線)が燃え続け、その炎が電池を加熱して熱暴走を誘発します。
話をR100に戻すと、樹脂カバー採用時における耐火性は樹脂部分を火炎から守りさえすればクリアできること言う事です。
したがって、R100をクリアしていることは耐火性の証明になるかというとそうではありません。R100における耐火性は先に述べた通り、外部からの耐火能力の証明であって、内部からの耐火能力の証明は現状必要ありません。(Rev.3からは入るのではという話はあります)
何らかの理由で熱暴走を起こしたセルは高温のガスを大量放出しますが、樹脂カバーはこのガスによる内圧上昇に耐えることができません。仮に圧力開放弁を持っていた場合でも、高温ガスの直撃を受けた部分の樹脂は融解し、溶けた部分から空気の流入を許してしまいます。参考までに樹脂代表としてポリプロピレンと、金属代表としてアルミニウムの融点を比較すると
ポリプロピレン: 130~165℃程度(出典: ポリプロピレン (sugiyama-u.ac.jp))
アルミニウム: 660℃程度(出典: ■ 各種物質の性質: 金属(固体)の性質 (hakko.co.jp))
となります。ボルトEVはPPではなくGF-SMCだと思われますが物性値がわからないのでPPの融点を記載しています。(まぁ、せいぜい200℃ってところでしょうが)
ここで、熱暴走時のガス温度がどの程度かですが、測定条件にかなり左右されます。とりあえず、以下の値を参考にすると比較的安全性が高いと言われているLFPを除いて全てPPの融点を超えています。
参考
燃焼に必要なガスと温度が揃っている以上、空気が継続して流入すれば炎が発生します。この炎はパック内全ての可燃物を食い尽くすまで燃え続けます。
一方、金属製の筐体ならどうでしょうか。部品との接合部など、脆弱な部分はありますが、ベントなどで意図的にガスを排出できるような機構を有している場合は筐体自体が吹き飛ぶ可能性は低く、パック内部の酸素を使い切った段階で火は収まります。
外気と触れるベント部でガスが燃える可能性もありますが、ガスが無制限に供給されるわけではないので熱暴走セルがガスを出し切った段階で炎は止まります。(おそらく一瞬炎が噴き出して終わりでしょう)
炎が消えてもセル自体が熱を持っているため熱連鎖のリスクはゼロではありませんがパックから車両全体へ延焼するリスクは小さく、最悪のケースであっても樹脂ケースより燃えるのには時間がかかったと思われます。
正直、私のような専門外クソ素人開発者がやっていたようなレベルの内容を世界のGMにいる優秀な開発者が気づかないとは思えません。
もしあるとすれば「存在を知っていて」脅威を過小評価した可能性です。あらゆるリスクを対策することはコストとの兼ね合いで現実的ではないですから仕方ない部分があります。
おそらく、設計段階で潜在的な危険性には気づいていたものの、「ほとんど発生しない」という理由で評価を見送ったか後回しにしており、市場からの報告を受けて初めて評価を行ったのではないかと思います。
GMが樹脂ケースを採用した本当の理由は知りませんが、当初は気付かずとも開発の途中でこの問題は知っていたと思われます(単体じゃあR100絶対クリアできないから)。ただし、開発がある程度進んでおり、改修には莫大な予算がかかるため、LGの「内部短絡しません!(あるいは、「内短しても安全です」)」という言葉を信じて何の対応もしなかったのだと思います。
3.無意味な暫定対策について
2つ目の間接要因は無意味なソフトアップデートリコールによる見かけ上の対処です。
当初、この「発火問題」に対して、GMはソフトウェアによる対策を打ち出しました。
ですが、これはリスクを下げる効果(内部短絡してもSOCが低ければ発火しにくい)があるものの、潜在的な解決になっていません。
私の体感的なものですが、燃えるレベルの内部短絡を起こす電池であればSOC 80%でも100%でも変わらないと思います。つまり、ソフトアップデートで充電上限をいじったところでコンタミによる内部短絡をする電池はどのみち燃えます。
これも推測ですが、このソフトアップデートのリコールを打ち出した時点で、GMの一部の技術者は「ソフトアップデートによる対策が無意味である」ということに気づいていたと思います。しかし、電池パックの全数交換となればとんでもない金額が必要となります。そこで、電池を知らない偉い人たちを誤魔化すために、それっぽい理由をつけて時間稼ぎ(LGとの責任問題を明確にするまで)をしていたのではないかと邪推します。
この問題を正しく理解しているエンジニアはGMにたくさんいたと思いますが、まるで理解のない(それもベテランの)エンジニアが大勢おり、決定権を持つ偉い人たちもその傾向があったため、妥協としての暫定対策が無意味なバッテリーマネジメントシステムのリコールだったのではないと思います。
この段階で、バッテリーパックの全数交換を選択することができれば市場での発火件数をもっと減らすことができたのではないかと考えらます。
参考
GMの電気自動車Bolt EVが2度目のリコール、LG化学製バッテリーに発火のおそれ | TechCrunch Japan
我々はどうすればよいか
BEV/PHEVは技術の成熟がなされるまで、買わないことをおすすめします(意識の高い人たちに市場実績を作ってもらいましょう)。どうしても買いたいのであれば樹脂ケースを採用している電池パックを搭載してる車両は買わないことをおすすめします。